“他の人と違う感覚”から疎外感を持ち、一人遊びの多い幼少期を過ごす。
一部の人々に言われている“インディゴチルドレン”とか“タレンテッド”とでも言われそうな子供時代。
でも当然ながら別に選ばれたなどとは思ってもいないし才能もない。私など生まれなければ良かったと思っていたくらい・・・
物心つく前から、色と絵と音楽に強い興味を持っていた。
好きな事に対する集中力は普通ではなかったらしい。
クラシックでも歌謡曲でも、好きな音楽が流れると時間も忘れずっと聴き続け、時には踊りだしていた。
出掛けた先で気に入ったものを見つければ空想の世界に迷い込み、時間も現実も分からなくなって、迷子になった。
クレヨンを持たせると食事も忘れて1日中、紙に絵を描いていた。
画用紙がすぐに無くなり不経済だと、そのうち広告の裏紙を渡されて描いていた。(母親談)
私はあの広告とクレヨンの擦り合う「キィィー」という音と色がのらないことが苦手で、広告の裏紙を渡されるのをひどく嫌がったことを記憶している。音に過敏なのは今も同じ。
初ワイヤーワークは小学校4年の時。
エンジニアだった父がある日、クラフト好きの娘に・・・と、仕事先から銅線を大量に持ち帰る。
私はそれにビーズを通してチャームを作った。
このチャームはビーズをいっぱい通すのではなく、金属の部分を生かしてポイントにビーズを止めつける方法・・・現在のフレーム系ワイヤーワークデザインの原型である。
花・リボン・ハート・スター・クロス・・・
様々な形を作っては、名札や鞄につけて学校へ行ったところ人気となり、友人に作ってあげたりして1年くらいはまっていた。
1年で止めた理由は“すぐに変形してしまうのでつまらなくなったから”
実家にはン十年前の「キレイな包装紙」や私の産着が残っている。
そんな“モノを大事にする?家庭”で育ったため、物持ちが良いのが取り得?大切なものが壊れるとか、原形を留めないということが苦手。
何十年も前に壊れてしまったお気に入りのグラスや鏡のことを、今でも鮮明に記憶している。
形あるものは壊れて当然なのだが、簡単に壊れるものは、持つ者への裏切り行為みたいな悲しみを感じる。
不思議な経験も多く、先祖に聖職者を持つ遺伝子がそうさせるのか、精神的な事柄には自然と興味を持つようになった。
小学校6年までに、西洋占星術・数秘術・手相・姓名判断・カード・白魔術・チャクラ・オーラ・カルマ・前世・守護霊という一通りを網羅し、いわゆるスピ系の子供だった。
そのせいか、算数は苦手だったにもかかわらず「統計と確率」問題は完璧だった。
今でも統計上確率の高いことと危険を嗅ぎ分ける勘?は多少残っている気がする。
そんなスピ系思考からの脱出の転機は、中学時代の理科の先生がもたらす。
大脳生理学(現・脳神経科学)の話が大好きな先生で、教科書の授業そっちのけで「脳に良い行動」「脳が与える影響」の話をしていた。
その頃、同時に心理学にも興味を持ち始め、その元となる認知神経科学的思考を支持するようになり、「人間に起こる現象(五感)と思考は自分の脳が掌る」と考え、現在に至る。
そうは言いつつ、高校時代には「ESP研究会」という超能力・心霊研究のサークルを立ち上げた過去がある。
何かの能力は自らの能力ではなく、与えられたものという発想も持つので、ハイブリッド種というべきだろうか。
バーナム効果でしかない占い、霊感商法はNG。高校の時、友人の付き添いで行った霊感占い師の似非を見抜いて以来懐疑的。
医薬品でもないのに「〜に効果がある」とか羅列されてる最近の流行りモノを見ると絶句する。
何かを見ても聞いても「偶然」と「気のせい」で片付けるようにはしているが、しばしばこの偶然に興味を抱く。
偶然に3つの要素が重なると結構気になるが、偶然で片付きそうな事は偶然で処理する、妙に冷めた部分を持っている。
ただ情に脆く、騙されていると知っても黙って騙されていようと思ってしまうところもある。
真実がどうかより、人の心に重きを置きたいと思っている。
立証ができない事柄も、個人の心や人生を豊かにする被害無きツールであるのなら、真でもあると考える。
また世の中には説明がつかないことも多々あるが、それは追究せず愉しめる心のゆとりを持ちたいと思うし、それが大人だと思っている。
大学は美術系デザイン科グラフィックデザインを専攻するが、その道を選んだ理由は両親の「芸術家なんかにはなるな」で、芸術家にならないデザイン系の道を歩むべきと考えていた為である。
しかし、立体好きなのに平面デザインを専攻したことが、そもそもの間違い。
クリエイティブな道は挫折して、暫くはファッション・雑貨等の販売と商品をセレクトする側の職に就く。
もともと「無ければ作る」という性格と、仕事で触れ合うことの多かった工芸作家さん方に触発され、デパートの1階に売られているアクセを見て「私でももっと自分に似合うものが作れるんじゃないかな?」という思いから、もの作りをひそかに再開。
人間関係のストレス解消で、深夜に黙々と始めた趣味のアクセサリー作り。
仕事にしたいとか、仕事になるかどうか・・・とは考えたことも無かったが、やるならとことん追求したい性分ゆえ、中途半端を嫌った結果、仕事にさせていただけるようになったのかもしれない。
脱サラとかそういうのではなく、忘れていた古巣に戻ってきた感じ。
音楽好き工作好きというだけで、才能も無い自分が努力しても敵わないものはあると思っているが、諦めるのは好きではない。
子供の頃から自分の意見を持っているので、押しが強いと思われがち。
何かを決める時に「人と同じに」とか「何となく」は私の中に存在しない。
長いものには巻かれたくないし、寄らば大樹の陰も、羊の群れも好まないので、生意気と思われる。
でも“他の人と違う感覚”の自覚があるため、他人に同調して貰いたい気持ちは余り無く「こんな感覚の人もいる」程度に知ってもらえれば幸せ。
それ以上のことは求めないし、諍いも好まない。
他人が思うより、世界の片隅で生きることに喜びを感じているし、私はそういう小さな幸せが好きである。
ただそんなささやかな幸せも、小さな私も、否定され馬鹿にされると悲しいもの。
「みんな」というような数で負かす行為に遭遇したり、「常識」で片付けようとする行為にはやりきれなさで悲しくなります。
また深手を負うと直感した場合、かなり速いスピードで心のシャッターを下ろします。
嫌っているわけではありません。というより他人を嫌う事は滅多にありません。寧ろ自分を嫌う事があるくらいですから、そんな余裕もありません。
他人をどうのこうのという事より、自分がどう生きていかなければならないかという悩みで頭がいっぱい。
ただ一つ他人に望むとすれば「相手が自分と同じ感覚、価値基準、思考回路であるとは限らない。」
どんな個性も個性として尊重したいし、して欲しい。理解できなくてもいいので。
考え方や感じ方が同じ人間なんて、そうはいない。
いえ、断じていない。
少数だから、と力で潰されるのは好まない。
そういうことでは抵抗を感じ、たまに闘志を燃やすことがある。
このようなカミングアウト?に至った経緯は、相方の「中島みゆきみたいでいいんじゃない?」の一言。
判るような判らないような・・・^^;
幼少時はどちらかというと鳥居みゆきに近いのではないかと。(今は断じて違うっ)
20歳頃から10年以上「普通の人」になろうと努力してきた。
社会と関われる人間でいることは大事だと思うから。
でも、常に交われない何かを抱えてきた気がする。それは今でも現在進行形。
そんな私に、誤解されやすい不可解さも表に出したほうが楽になれるよ、という相方の言葉を信じてみようかと。
人一倍感受性が強く、繊細過ぎると言われ、もう自分の代名詞のようになっている。
そんな自分の性格を決して嫌ってはいないのですが(・・・というより、そうでないと私じゃないかも?)そろそろ“ガラスの心”と言われ続けてきた自分を、ちょっとだけ変えたいなと思っています。
by Lirica